夜分遅く、任務から戻った伏黒の部屋のベッドには、奇っ怪な模様の入った毛玉が居座っていた。
ふわふわとした桃色の毛にふてぶてしい顔。額や眦、顎のあたりに見える文様と、鮮やかな赤い瞳。
「……は?」
つい今しがた、部屋の前で別れたばかりの級友の――正確にはその中にいるモノによく似た印象のその塊は、部屋の入り口で呆然と立ち尽くす伏黒を見て尻尾を振っている。
隣に座れ、とでも言いたげに前足でベッドを叩く姿は、完全にただのポメラニアンそのものである。
危険な呪力は感じない。隣の部屋からは、同じ任務から帰った虎杖の足音が微かに聞こえている。
それならば、まずは様子を見るという選択もアリだろう。
警戒だけは怠らず、異変があればすぐに五条へ連絡を取れるようにとスマホを手にして、伏黒はゆっくりとベッドへと近づいた。
「オマエ……宿儺か?」
上着と手荷物を部屋の隅へと放り、指し示された通りの場所へ腰を下ろして問いかける。小さな毛玉はその問いには答えずに、相変わらず尾を振ったまま伏黒の膝へと乗り上げた。
「小僧の中は疲れる」
大きなため息とともに発せられたその声は、一度対峙したことのある宿儺のそれだ。撫でろ、と続けて言われ、半ば反射的にその支持に従う。
その姿は卑怯だ。
「いや、ちょっと待て、状況が理解できない。虎杖はどうなってる」
「オマエの式神と似たようなものだ、小僧に影響はない」
「分離したのか……?」
「そうではない。直に戻る」
いいから撫で続けろと請われるままに手を動かすと、それに満足しているのか宿儺はこうなった経緯を淡々と話し始めた。
まとめると、こうだ。
一つ、人だった頃、心労が溜まると犬になる体質だったのがどうやら今もそのまま引き継がれていたらしいこと。
一つ、この姿は心労を緩和することに特化しているため人に害を成すことができないこと。
一つ、満足すれば勝手に消えること。
「……つまり俺は、オマエが満足するまで撫でてなけりゃいけないのか?」
「飽いたのなら放り出せばいい。俺はここから動かんがな」
それはつまり、この姿でいる限りはずっと伏黒の部屋に居座るという意味だった。
膝の上に収まるサイズの小型犬が、部屋にいる。
それはそれでありかもしれない、とほんの少しだけ思った。