西洋風に造られた風通しのいいバルコニー。白いデッキテーブルにはケーキスタンドが置かれている。下段から上段まで全て甘い菓子で埋め尽くされたそれは、紛れもなく五条が用意したものだ。はじめから誰も手を付けないことを見越していたのだろう、人数など度外視した個数が並べられている。用意されたティーポットもカップも、いずれも相当に値の張るものであることを恵は知っていた。
ここは、五条が避暑によく使っている別荘だ。
「だから絶対ドレスだって。純白でフワッフワのケーキみたいなやつ。差し色は青系でさ」
「いいえ、白無垢です」
恵の隣に座る五条が声を上げ、その眼前に座した裏梅が却下する。もうかれこれ三十分、彼らは同じ問答を続けている。
「神前とか今時流行んないっしょ。どうせやるなら派手な方が良くない?」
「悪趣味な」
披露宴だお色直しだと言い始めた五条を横目に恵は小さくため息を吐き、自分の手元へ目を落とした。
そもそもどうしてこんな事になっているのかと言えば、原因はこの指に嵌った白金のリングにほかならない。左手の薬指に見るからに高価な指輪。それが何を意味するのかは説明するまでもなく、敏い保護者がその存在に気が付かないわけもない、とは思っていた。
しかし、まさか、貰ったその翌日にこんな場を設けられるなど、誰が予想できようものか。
「つーか恵はさ、どっちがいいの?」
「どっちも嫌ですけど」
「恵の衣装じゃなくて宿儺の。タキシードと紋付き袴どっちが見たい? 僕はあいつの服装に興味ないから恵が決めてよ」
言って、五条は恵の目の前にタブレットを開いて見せた。パラパラとめくられていく画像の大半を占めるのは、先程から五条が主張し続けている「派手な」洋装だ。時折混ざる画質の悪い安い衣装については見なかったことにした。
「どっちって言われても」
宿儺が日頃から室内着として好んでいるのは和装の方だ。緩く羽織って帯を締め、寛いだ衿元から覗く厚い胸板に目を奪われることが度々あった。かっちりと着付けた姿を見たことはなかったが、似合わないわけがないと恵は思う。
仕事でも私用でも、外出時にはスーツを着ていることが多い。どこかの会社のパーティーで燕尾服を着た姿を見たことがあったが、それはそれで驚くほどに似合っていた。
つまり、どちらも捨てがたい。
宿儺ならばどちらでも似合う、と言いかけて、口を噤む。曲がりなりにも婚約をしたとはいえ、本人を前にそれを言うのは流石に羞恥心が勝った。
「恵、全部顔に出てるよ」
赤くなって黙り込んだ恵を見て、五条はやや白けたようにそう言った。
「思ってた以上にラブラブじゃん。なんでさっさと挨拶こないの? 今日だって僕が呼ばなきゃスルーするつもりだったでしょ」
保護者としてそういうのはさあ、とクダを巻き始めた五条を止めたのは、それまでじっと押し黙っていた宿儺だ。
「保護者の許可がいるような歳ではないだろう」
「そりゃあそうだけど、衣装決めたり日程詰めたり色々あるでしょ」
「式などせん。服なら何着でも好きなだけ用意すればいいだろう」
「式挙げないの? 俺のものって主張するタイプかと思ってたけど逆なんだ」
「誰に見せてやる必要がある、勿体ない。くだらん話を続けるなら帰るぞ」
「独占欲の塊じゃん。写真くらいは撮ってよ。僕これでも恵の嫁入り姿楽しみにしてたんだから」
じゃないと嫁にやんないよ、と食い下がる五条に、宿儺は深々と溜息を吐く。
「貴様は本当に面倒な奴だな。――裏梅」
「はい」
「後は任せる。好きにしろ」
宿儺は静かに立ち上がり隣に座る裏梅にそう言うと、恵の手を取って歩き出す。
「えっ、おい、ちょっと」
半ば引きずられるようにして屋敷を出ていく恵の姿を見て、残された二人は各々に思ったことを口にした。
「……パニエにヒール」
なるほどドレスもありかもしれない、と裏梅は。
「帯回し……」
日本男児のロマンの根源だよね、と五条は。
「如何様に致しましょうか」
宿儺からの条件はすでに提示されている。恵の迷いも含めた上で、導き出される結論は一つだ。
「僕も出すから予算倍がけ衣装全振り、でどう?」
「いいでしょう。では――」
側仕えとして、保護者として。彼らの利害はこのとき初めて一致した。
――数日後、宿儺の屋敷に新たな衣装部屋とフォトスタジオが設置されたのは、また別の話だ。