ひと ヒト 為ら ざる

――それは恋慕ではなく、憧憬だった。

 多勢に無勢、などとよく言ったものだとその時思った。ただ一人を相手に、大量の呪術師がいとも容易く刻まれていく。()の人のひと振りで、辺り一面は瞬く間に赤一色に染め上げられたのだ。
 その光景を、大層つまらなそうに見渡したその目が。血に汚れた腕を払うその所作が。佇む姿も、纏う色も、その全てが、脳裏にこびりついたまま離れなかった。

 後を追うことは造作もなかった。血を辿り、腐肉を踏み、焼けた地平へ歩を進めて行くだけだ。
 視界に入るのはかつて人だったものの塊と、焼け焦げた残骸ばかりだ。あらゆる生命が失われていく旅路で、己の命を繋ぐことの方が一層難しいとさえ思った。
 人の道をはずれていくまで、時間はさしてかからなかった。その肉に手を出すことへの抵抗は、もしかしたら初めから無かったのかもしれない。
 腐敗が始まり柔らかくなった肉片を拾い、皮を剥ぐ。硬い筋はこびりついた臭い脂肪と共に引き抜いて、煮立った湯の中へと放り込んだ。その上に僅かばかりの香草を散らし、蓋を閉じる。強すぎる火を少し落とし、息をついた。
 あとは暫く煮込んで、舌に乗せても耐えられる程度に味を整えるだけでいい。立ち昇る湯気は酷い臭気をはらんでいるが、溶けた腐肉に比べたらまだ食える。
 誰に振る舞うわけでもない。腹を満たし、足を動かす熱量さえ確保できればいいのだ。
 煌々と燃える炎をぼんやりと眺めて思い出すのは、己の集落が焼け落ちた日の記憶だった。赤い夕暮れは血に変わり、冷えた気温を炎が熱した。焼け落ちた家屋の隙間から見えた冷たい赤色に、己の姿を写したくてたまらなくなった。
 血のように赤く、氷のように冷たいその目に。

「何をしている」
 視界が陰り、抑揚のない声が鼓膜を揺らした。
 気配などどこにもなかった――否、そこら中に満たされていて、変化に気付けもしなかったのだ。
 振り返り、膝をつき、頭を垂れるまで、一遍の迷いもなかった。
 震える身体を叱咤して、大きく息を吸い込む。
「食事、を」
 久方ぶりに鳴らした声帯は、気の抜けるような、酷く掠れた音しか出せなかった。
 湿った砂利を踏みしめる音がして、陰りは一層強くなった。赤く濡れたつま先が、視界の片隅に映り込む。
 追い求めていたものが。乞い焦がれて止まなかったそのヒトが。今、目の前にいるのだ。
「――庖丁人か。丁度いい」
 低く腹に響く声が降り注ぎ、赤いつま先が顎を攫った。
「そのまま食うにも飽いたところだ。振る舞え」
 鮮やかな二対の双眸を細め、彼は言った。
 その片腕に、( はらわた)の漏れた肉を持って。