甚恵共闘させたかったのに失敗したやつ

 定刻通りに集合場所に着いた恵は、その場にいる男を見てあからさまに顔を顰めた。
 今日の任務は呪詛師が相手で、メンタルケアの意味も含めて五条が同行する予定だった。それが突如変更になったのはつい一時間前のことだ。
 あの五条の代わりが務まるような大人が他に居ただろうかと、自分が知る限りの呪術師を思い浮かべては見たが皆目検討もつかなかった。
「……なんであの人の代打がアンタなんだよ」
 こちらに背を向けて補助監督から説明を受けているその男に、不機嫌を隠さぬまま言葉を投げる。場違いなほどの軽装に、妬ましいほどの体躯。見間違えるはずもない、血の繋がった実の父親だ。
「ホゴシャの義務? あー、イトシイ息子が心配で?」
 首の後ろを掻きながら白々しく答える姿に舌打ちをしてから、補助監督に軽い会釈と挨拶をする。つれねぇなぁ、とボヤいているのを聞き流して、そのまま車に押し込むと、恵も続いて車に乗り込む。ドアのロックを確認して、受け取ったタブレットの画面を確認しながら恵は隣にふてぶてしく腰を下ろす甚爾へ問いかける。
「……で、いくら積まれたんだよ」
「二百と叙○苑」
「良く上の許可が下りたな」
「そこは坊の仕事だろ。アイツ、オマエの事になると抜け目ねぇからな」
「そうかよ」
「愛されてんなぁ、恵ちゃん」
 この父親はどうしてここまで息子の神経を逆撫でするのが上手いのか。いちいち目くじらを立てていても身が持たないとは知りつつも、甚爾の言葉と態度に苛立ちを募らせる。
「マジでなんでコイツなんだよ……」
 恵の口から素で漏れた独り言を耳にして、甚爾はことさら面白そうに笑い出した。

 競馬場にいた甚爾の前に五条が姿を見せたのは、半日ほど前のことだ。つい数日前に顔を合わせた時には見ているだけでも鬱陶しいほど良かった機嫌が、どうやら今は地に落ちるどころか地中深くまで埋もれているようだ。
「ほんとはオマエになんか任せたくないし絶対僕が行きたかったんだけどでももうどうしようもなくて他に人殺し慣れてるのオマエしかいなかった。二百出す」
「もう一声」
「叙○苑。恵も同伴で」
「しょうがねぇな。乗った」
 同伴は別に必要ないし、なんならその食事代を現金で上乗せしてくれても良いと言う気持ちは飲み込んで、その提案に軽く乗った。五条の様子と言葉の端々から大体の内容を察することは容易で、委細を尋ねるまでもない。
 どうせ、恵の任務への同行だ。それも呪詛師相手の。
「アイツ人殺したことあんのか」
「あるよ。当たり前でしょ。初めてだったら何が何でも僕が行ってる」
「言い方」
「初めての時の話聞きたい? 教えてやってもいいよ?」
「オマエほんとに気持ち悪いな」
 先程までとは打って変わって上機嫌になった五条は、甚爾の言葉を歯牙にもかけず、小一時間ほど喋り倒して去っていった。

 恵に課せられた任務は、呪詛師二人の拘束ではなく抹殺だった。そりゃあ人を選ぶだろうと思うと同時に、そんな仕事を回される子供に、甚爾ですらも同情を禁じ得ない。
「おい、そっち行ったぞ」
「わかってる!」
 自分の脇を通り抜けていった呪詛師を舌打ちしながら目で追って、そいつの目標が別の呪詛師と交戦している恵である事に勘づくと、甚爾は躊躇いなく手にした短刀を放つ。真っ直ぐに飛んでいった刃は、狙い通りに相手の頭蓋に突き刺さった。
 うつ伏せに倒れた遺体の背に足を載せ、頭に刺さった刀を引き抜く。脳漿の混じった粘度の高い血液が、薄汚いアスファルトを更に赤く汚していった。
「やりすぎちまった」
 できる限り止めは恵に、と言われていた事を思い出し、頭を掻く。殺しに慣れさせようなんて、随分とイカれた発想だ。
 甚爾の仕事は恵のサポートと観察で、それ以上でも以下でもない。手を出すのは必要最低限でいい、とも言付けられている。引き受けたときは割がいいと思っていたが、手を出しすぎないようにするのは存外に難しいものだ。
「それ死んでんのか」
 失神させたらしい呪詛師を引きずりながら寄ってきた恵の問われ、甚爾は短く「応」と答える。
「じゃあここに積んとけばいいか」
 言いながら、恵は先に転がっていた遺体の上に引きずってきたそれを重ね、手にした刀で躊躇いなく心部を突き刺した。やや手慣れたその動作に、甚爾は苦虫をかみ潰したような気分になった。
「何度目だ」
「何が」
「殺んの」
「……それなり」
「慣れたか」
「慣れるもクソもねぇだろ、こんなの」
 事切れた肉塊へつま先をめり込ませ、恵は吐き捨てるように言う。
「そうかよ」
 この子供の心を殺したのは、自分だ。