僕が知っている限り、この夫婦は引くほどに仲がいい。並んで歩けば必ず手を繋いでいるし、家にいる時は片時も傍を離れようとしない。彼らの息子に聞いたところによると、風呂も一緒に入っているらしい。狭い風呂場に親子で三人、父母の醸し出す雰囲気に居た堪れなくなって、随分と小さい頃から自分は一人で入るようになったのだという。その話をしていた時の、恵のなんとも言えない達観した表情を、僕は未だに忘れられない。一般的な夫婦像、というものを僕は良く知りもしないが、少なくとも自らの子に呆れられるほどに、彼らはすこぶる仲が良かった。
日が落ちる前、中途半端に時間が空いた僕は、恵の様子を見にその家にお邪魔した。扉を開いた彼女は笑顔で室内に迎え入れてくれて、断る間もなく甘いココアを出してくれた。あいにく恵は留守にしていて、今日は図書館に寄って帰る予定なのだと言う。ならば甚爾は、と尋ねてみたら、仕事で明け方まで戻らないと返された。
僕はなるべく、彼女と二人きりにならないように、僕なりに気を遣っている。僕と彼女に間違いが起こる可能性なんて、天地がひっくりかえるよりもありえない――が、甚爾は僕と彼女が二人きりになることを嫌っているフシがある。僕の口から実家の事情がポロリと出て来る事を懸念しているのだろう。僕がそんな下手を打つ訳は無いのだが、残念ながら甚爾から僕に対する信頼はマイナスを振り切っている。僕はせめて、甚爾のその意思を尊重して、恵の帰宅後や甚爾の在宅中、彼女の外出中を狙って訪問していたつもりだった。しかし、今回はたまたまその何れも外してしまった。横着せずに見れば良かった、と後悔したところで、クソの役にも立ちはしない。下手を打った。
僕は少しばかり居心地の悪さを感じながら、ふわふわと視線をさ迷わせる。恵の帰宅をこのまま待つか、出直すか。選択肢は二つにひとつだ。
「悟くんにね、ちょうど頼みたいことがあったの」
「頼み……?」
出されたココアを手に取って、さっさと飲み干してしまおうとした所で、彼女がのんびりと口を開いた。
「嫌なら断ってくれて大丈夫だからね!」なんて不穏な前置きをして、彼女は少しばかり恥ずかしそうに目を伏せる。聞く前に断るか、聞いてから断るか。僕は一瞬迷ってしまった。
きっちり三十秒の間を置いて、彼女は意を決したように、言った。
「悟くんのおちんちん、貸してくれない?」
「……は?」
手にしたカップを危うく落としそうになって、思わず両手で握り込む。手のひらに伝わる熱さなど気にもならなかった。
この人は今、なにを言ったのだ。
小柄で可愛らしい見た目からは随分と逸脱した単語に、理解が及ばなかった。混乱している僕を置いて、彼女は一人で話を進めていく。
「甚爾くんに本物のおちんちんをいれてあげたいんだけど、私にはついてないから、ね?」
小首を傾げて両手を合わせ、まるで絵に書いたようなオネダリのポーズだ。しかしねだられているのはちんこで、入れる先は彼女ではなくその伴侶だ。
「……僕が甚爾を抱けばいいの?」
「うーん、そうじゃなくてね、なんて言うのかな……」
彼女はしばらく頭をめぐらせて、寝室の奥へと消えていった。押し入れのタンスをガサゴソとあさる音がして、嫌な予感が強まっていく。
「これの代わり?」
そう言いながら、ひょこりと出てきた彼女の手に握られていたものは――割とエグいサイズの、シリコン製のちんこだった。
―――――
場所は、都心から少し離れた山沿いの小さなコテージで、手配をしたのは僕だ。どちらかの家、なんてどちらかが落ち着かない環境は良くないだろうし、一般のホテルじゃ制約も多い。ラブホなんて論外だ。色々と折り合いをつけて、コテージをワンシーズンまるまる借りることにした。実際に使うのは、恵が宿泊学習で不在の二泊三日だけのつもりだが。
この休みをぶんどるために詰め込んだ任務を終わらせ、僕はそのコテージに向かった。伝えていた時間よりも遅れて到着した僕を見て、ソファに腰かけていた甚爾は、眉をひそめてため息をついた。もう一人、甚爾と一緒に来ているはずの彼女の姿が見当たらない。
「あれ、ひとりなの?」
「買い出し」
食料は僕があらかじめ冷蔵庫に詰め込んでいるし、足りなければ宅配でもなんでも頼めばいいと伝えてあった。僕にはわからない女性用のケア用品や二人が使うもの、特に性具の類は全て任せることにしていたから、おそらくそれらを買いに出たのだろう。少しばかり不機嫌な甚爾の髪はしっとりと濡れていて、彼女を一人で行かせた理由にも合点がいった。
僕は適当に返事をして、同じソファに腰を下ろした。二人がけソファの端と端、不自然な距離を空けたまま、僕は来がけに買ってきたラテを啜る。ローテーブルの先に置かれた大型テレビは音もなく、真っ暗な画面にこちらの景色を反射していた。開いた窓から流れる秋風と葉擦れの音が心地よくて、僕は少しだけ肩の力を抜いた。
「オマエ、よくこんな話引き受けたな」
先に沈黙を破ったのは甚爾だった。視線は合わないが、会話をしようという意思はあるらしい。
「僕は別に、処理できるんならなんでもいいからね。ケツ貸してって言われてたら、流石に断ったと思うけど」
季節限定のフレーバーラテは、期待していたほど甘くなかった。空になったカップをテーブルへと置いて、僕はかねてから確認しておきたかったことを口にする。。
「そっちこそ、僕のちんこで良かったの?」
彼女が僕を選んだ理由はわかる。非術師の女性からしたら、誰とも知らない行きずりのちんこよりは、素性の――もちろん多少は誤魔化してはいるが――知れた僕の方が幾許かマシだろう。実際あの日、僕はそんなような話を彼女からも聞いた。
しかし、甚爾からすればどうだろう。甚爾は僕のちんこを嫌がるだろうとも思っていたし、何より彼女が誰かと同衾することを、甚爾が望まないのではないかとも思っていた。
僕の僅かばかりの心配をよそに、甚爾はなんでもないような様子であっさりとこう答えたのだ。
「アイツがそれでいいってんならいいんだろ」
膝を抱えて丸くなり、玄関の方をじっと見つめて大人しく待つその姿は、僕が良く知る甚爾とは少し違う。飼い主の帰りを待つ大型犬のようだと思った。
―――――
「甚爾くんはね、たぶん、自分の欲しいものがわからないの」
両手でディルドを弄びながら、彼女は確信めいた様子でそう言った。えらく真剣な表情とその手の内のものが余りにも不釣り合いすぎて、僕は正直、どんなリアクションを取れば良いのかがわからなかった。
「お腹がすいたとか眠いとか、えっちしたいとか、そういうのは言うんだよ? でもね、具体的なものが出てこないの」
「こだわりが無いだけじゃなくて?」
「私も最初はそう思ってたんだけど、違うみたいで」
適当に話を合わせて、ちんこの貸出は断って帰ろう、と思っていたのに、話の内容にほんの少し興味が湧いてしまった。
甚爾はどちらかと言えば、己の欲望に忠実な方だろうと思う。金の使い方も仕事の仕方も、戦闘における肉体の使い方すらもも随分と利己的だ。抑圧され、虐げられて育った反動なのだろうか、嫌なことはやらないし、僕が相手なら平気で殺意すら向けてくる。
けれど、確かに、甚爾が何かを具体的に欲しているのを見たことはなかったように思う。
「出したご飯はなんでも喜んで食べてくれるし、あっちが良かった、こっちが良かった、みたいなことも言わないんだけどね、私が〝これだ!〟って思ったものを出すと、ちょっと幸せそうな顔してくれるの」
三大欲求だけじゃなく、他のことにもそうなのだと、彼女は惚気にも似たことを力説していく。
頭を撫でて欲しそうだった。隣に座って欲しそうだった。寝る時の場所も、タイミングも、無自覚の欲求があるのがわかるのだと彼女は断言して、そうして再び僕に言った。
「それでね、作り物じゃなくて本物が欲しいんじゃないかなって思って」
なるほどそれで、最初の話に戻るのか。と僕はなんとも珍妙な面持ちで相槌を打った。
―――――
僕の抱いていた様々な疑問は、以前交わした彼女とのやりとりと、先程の甚爾の言葉によって、随分とすんなり解決した。
おそらく甚爾は本当に、なんでもいいのだ。彼女が喜ぶのであれば、なんでも。
理解してしまえば話は早い。今日の僕がやることは、勃つもん勃たせて座っているだけ。でかいオナホが勝手に乗って勝手に動いて発散させてくれるというのなら、細かいことには目を瞑ろう。そう、僕は甚爾のケツに、何も期待してはいなかった――そのはずだった。
「⋯⋯は?」
ベッドの上にあぐらをかいて座った僕の上に、甚爾は背を向けて、ゆっくりと肌を震わせながら腰を下ろした。僕は元々男色家ではないし、相手が甚爾ということもあって、挿入に耐えうるギリギリの辺りまでしか勃起できなかった。そのうち恵に渡してやろうと思っていたオナホのひとつでも用意しておけばよかったかもしれない、とすら思っていた。
そんな僕の心情などいざ知らず、甚爾はいささか柔らかさの残った僕のちんこを支え、準備万端の穴の中へと沈めて行った。
僕はスラックスの前を寛げただけで、甚爾は全裸。傷だらけの大きな背中の向こうには、オーバーサイズの――おそらく甚爾のだ――部屋着一式を着た彼女がいる。
マットレスに尻をついた僕とその上に座る甚爾に、膝立ちの彼女。身長差がいつもと逆だな、なんて本当にどうでもいい事ばかりを考えていたと言うのに。
思いのほかあっさりと入ってしまったその中は、入口がきゅうと絞り上げ、内部は歓迎するように蠕動を繰り返していた。
油断をすればすぐにでも果ててしまいそうだと、僕は一瞬歯を食いしばった。
「⋯⋯なにこれ、名器?」
ほんの少しだけ余裕が出来て、思わず漏れた僕の言葉に、甚爾は人を殺すような目を向けて「うるせえ、しゃべんな」とだけ反応した。
ぼくのちんこが甚爾の奥の奥へと沈んでいく様を見下ろしながら、彼女は僕に嬉しそうな表情を浮かべ、口唇の動きで「わたしがそだてました」なんて言葉を吐いた。
僕は一体「誰の所有したディルド」として演じればいいだろうか。様子を見る限り、主導権は甚爾ではなく彼女だろうが。
「とうじくん」
甘く柔らかい彼女の声が響き、甚爾のナカがきゅうと締まる。僕は後ろに手をついて、二人の様子を眺めていた。
彼女が何かを囁く度、唇を落とす度に甚爾の身体が震え、蠢いて、呑み込んでいく。僕のちんこは甚爾の中ですっかりと育ちきってしまった。
「ねぇ、さとるくん、全部入っちゃった?」
甚爾の頭を抱きしめて、彼女が言った。左手で襟足をくすぐりながら、右手は緩やかに背中を降りていく。腰の辺りを軽く叩かれて、甚爾の背中が大きく跳ねる。
突き当たりの壁に先端を吸われ、息が乱れる。大きく動いているわけでも動かれているわけでもないのに、気を抜くと持っていかれそうだった。
「全部、じゃ、ないけど。これ行き止まりじゃないの?」
僕の答えに彼女は小さく笑って、甚爾の耳元へと唇を寄せた。
「――ね、とうじくん」
彼女が何を言ったのかは、僕の耳には届かなかった。甚爾は一瞬身を強ばらせ、それから大きく息を吐いた。行き止まりだと思っていた壁が緩んで、先っぽを強く擦り上げていく。
「あ、まって、ヤバ」
「ぜんぶ、ちゃんと、出してもらおうね」
耐えられない、と思った僕の言葉と、幼子に向けたような彼女の言葉が重なった。
押し殺したような甚爾の声につられるように、僕は彼女の言葉通り、甚爾の奥にあっさりと全部ぶちまけてしまった。
―――――
「抜かずの何発とかって、年寄りのイキリだと思ってたよ」
日の落ち始めた窓の外を眺めながら、僕は自嘲を込めてそう言った。おおかた独り言として流されるだろうという思いとは裏腹に、甚爾は気怠そうに応えてくれた。
「そりゃ残念だったな」
三発目を腹に注いだ時には「もうむりだ」と彼女に泣き縋っていたはずなのに、すっかりとふてぶてしい態度を取り戻している。タフなのか慣れているのか、まあその両方なのだろう。
震える甚爾が落ち着くのを待って、彼女は風呂と食事の用意に部屋を出ていった。二人残されても気まずいような気がしたが、口を挟む暇すらなかった。
「いつもあんなセックスしてんの?」
「んなわけあるか。た ま にだ、た ま に」
言及を避けるような口ぶりに、今回ばかりは乗ってやることにした。甚爾がこうされることを望むときが――彼女にはそう見える時が――少なからずあるのだろう。
空は段々と暗くなり、窓に移る景色の中に僕らの姿が混ざり始めた。
「僕のちんこ、どうだった?」
我ながら随分間抜けな質問だとは思いながら、僕は聞いた。
ガラスに映った甚爾が静かに目を伏せて、三発分をおさめた腹を撫でながら、言った。
「まあ、気分はいい」
星空と混ざった甚爾の顔が、薄らと笑みを浮かべて見えた。
―――――
とうじくんは自分の欲しいものを言語化できないし認識もしてないんだけどめママはそれを的確に当ててくるし、とうじくんはめママが嬉しそうだからそれでいいと思ってるので欲しかったもの与えられて喜んでる自覚がない。さとるくんはとうじくんはめママを中心に世界が回ってるんだなと思ってるけど、実際はめママがとうじくんの世界を回してるだけっていう、各々の認識と実情のズレがあるんだけど上手くハマってる感じにしたかった。
とうじくんの「気分はいい」は「ごじょうさとるの遺伝子が腹の中で全部死んでるのが清々しい」って感じなんだけど本人にそんな自覚が無いので「なんか気分いいな」くらいにしか思ってない。