いとま

 毎晩同じ夢を見る。
 堆く積まれた骨の山と、その上に座する呪いの王。クラスメイトに似た容姿をしたその男に抱きかかえられた伏黒は、またか、とため息をついた。
 夢と捉えるのはおそらく正確ではないのだろう。目を覚ましたときの疲労感は、徹夜明けのそれにも似ていた。その事に気づいたのは三日目の朝で、その日の夜から眠りにつくのを躊躇うようになった。それでも身体は睡眠不足を訴えていて、自然と瞼は重くなる。
 次に目を開けたときには(このザマ﹅﹅﹅﹅)だ。
 初めてこの場所に引きずり込まれた時に、抵抗しなかったわけではない。呪力も近接戦も相手に分があることくらいはわかってはいたが、だからといって何もしないわけにもいかない。
 しかし、結んだ印は発動せず、易々とその腕に捉えられてしまった。
「宿儺」
 閉じられていた二対の瞼が開き、伏黒を見る。
「なんだ」
「いい加減にしてくれ。おかげでこっちは寝不足だ」
「ここで眠ればいいと言ったろう」
 それができれば苦労はしない、と伏黒は眉根を寄せた。
 誰にも危害は加えない、何もしない。その代わりに無駄に抗うな。それが宿儺が伏黒に向けて、はじめに告げた言葉だった。
 縛りというわけではない、が、実際その言葉の通りに宿儺は何もしなかった。翌日顔を合わせた虎杖の様子も常と変わらず、伏黒がただ睡眠時間を削られたという以外は本当に何も変わらない日々を過ごしていた。
 害意がないのは本当なのだろう。そこに納得はしていたが、他者の――それも一応敵の領域内で簡単に意識を手放せるほど、伏黒は宿儺に気を許しているわけではない。
「……ふむ」
 苦言を呈し顔をしかめる伏黒を見て、宿儺は頬杖をついて思案する。
 この呪いは、ろくなことを考えない。
「口を開けろ、伏黒恵」
 するりと伸びてきた指に顎を取られ、上向かされる。
「……は?」
 言われた言葉への理解が追いつかず、思わず聞き返した伏黒の唇に宿儺のそれが重なった。
 驚いて身を固くする伏黒のことなど気にもとめず、宿儺の舌が腔内へと侵入してくる。指先が喉元を撫でる感触に息が詰まった。
 無遠慮に蹂躙してくるそれを追い出そうとすれば絡め取られ、逃げをうてば喉にまで届きそうなほど深く入り込んでくる。息苦しさに喘げば鼻にかかった声が漏れるのが、酷く羞恥心を煽った。
 どれだけ叩いても藻掻いても、宿儺は意にも介さぬ様子で腔内を舐め回す。
 酸欠で半ば朦朧としてきた伏黒が力なく衿を掴んだところで、ようやく開放された。
 大きく息を乱し、目を潤ませながらも睨みつけてくる伏黒を見て、宿儺は心底愉しそうに口角を上げる。
「そう目くじらを立てるな」
「何もしねぇって言ったろ……」
「寝かしつけてやろうとしたまでではないか」
「……なに」
 言ってんだ、と、言葉を続けるより先に、耳元へと寄せられた宿儺の口から囁くような声が響いた。
「――眠れぬときは気をやるのが一番だ。全身余すことなく愛でてやろう」
 宿儺の指が喉から首へ、首から胸元へと降りてくる感触に、ぞわりと肌が粟立つ。
 畏怖とも恐怖とも違うその感覚に、覚えがないわけではない。
「いらねぇ!」
 逃れるように身を捩り、伏黒は身を縮こませる。喉の奥で押し殺したように嗤う宿儺の声が耳についたが、気づかぬふりをして固くまぶたを閉じた。
「愛い奴め」

 その日、結局伏黒は一睡もできないまま朝を迎えることになった。