直哉が精通を迎えたその日、深夜にさしかかろうかという時分に静かに部屋の襖が開いた。畳を擦る音と小さなため息。衣服に炊かれた柑橘系の香の匂いが、わずかに鼻腔をくすぐった。
昼間、筆おろしがナントカと話しているのを聞いたような覚えがある。侵入者の目的は十中八九その類だろう。
相手をするのも面倒くさいが、何よりもその古臭い価値観が鬱陶しい。直哉は狸寝入りを決め込んで、背を向けるように寝返りを打った。
「なんだ無視かよ。つれねえなあ」
布団の横へ乱雑に腰を落とす気配がして、次いで聞こえたその声に直哉は思わず飛び起きた。
「は? 甚爾君?」
月明かりの逆光では表情まで窺い知ることは出来なかったが、緩く弧を描いた口元に浮かんだ傷は、見間違うこともない。
「なにしとん」と直哉の口から咄嗟に漏れ出た愚問に対し、甚爾はシレッとした顔で「ナニしに来た」と答える。片手の指で作った輪に、もう片方の手の指を出し入れさせながら。
「そんなん、女がするもんとちゃうんか」
「面倒がねえだろ。何をどう間違ったって孕みやしねえし、頑丈だからな」
その歳でパパにはなりたくねえだろ、と続けられた言葉は、あながち冗談にも聞こえない。避妊をしたという体裁は取るだろうが、使うものに細工をして「相伝を持つ可能性のある子」を孕もうと画策する女は多い。
「ゴムの着け方から後始末まで、イチから全部教えてやるよ。自称次期当主サマがテクなしマグロっつーのもダセェからな」
肩を押され、背が再び柔らかい布団へと戻される。見上げた男は相変わらず愉しそうに笑みを浮かべたまま、唇に咥えた正方形の小さなパウチを直哉の胸元へと落とした。
「ちゃあんと覚えろよ、直哉」
妖艶な表情で迫ってくる姿に、直哉は自分の熱が上がっていくのを自覚する。
既にはだけた、柑橘系の匂いのする着物の合わせに指を触れ、言った。
「……性癖歪んでもうたらどうしてくれるん」
「全部教えてやるって言っただろ?」
任せておけよ、童貞。と会話を切り上げるように、唇が重なった。