嫌とは言ってない

 その日、五条の頭上から降り注いできたのは、おびただしい量の板チョコだった。
 ミルク、ビター、ホワイトの見慣れた三種類に、季節限定と書かれたパッケージも散見される。かろうじて両手で受け止めきれた数枚を呆然と見下ろす五条の耳に、甚爾の「やる」という一言だけが静かに響いた。

 三枚目の板チョコを剥いたところで、五条はふと思い出した。
 その昔――青春真っ盛りの時期に見た、アダルト雑誌の記事のひとつを。
「ねえ甚爾」
 チョコを降らせたきり距離をとり、目を伏せたままの甚爾に、五条は軽く声をかけた。
 顔が上向いてこちらを見たのを確認すると、そのまま続けて口を開く。
「これ溶かして僕のちんこに塗ったら舐めてくれる?」
「バカかオマエ」
「じゃあ甚爾に塗って舐めていい?」
「食いもんを粗末にすんな」
「親みたいなこと言う……」
 実際、生徒の父親ではあるのだが。
 せっかくの提案を一蹴され、五条は飾り気のないチョコレートを腹に収める作業に戻った。
 一日で食べ切れる量ではないし、そもそもそんなつもりで渡してきたものでもないだろう。明日、いくつか生徒たちにお裾分けでもしようか。と考えていたところで、今度は甚爾が思い出したように口を開いた。
「そん中にひとつ当たりが仕込んである」
「当たり?」
 言われて、五条はテーブルの上に積み上げたチョコの山へと目を向ける。異質なものがあれば映るかと思ったが、そこまで詰めは甘くなかった。
「今日中に見つけたら、残りは好きに使っていい」
 壁に掛けられた時計を見やる。ちょうど九時を回ったところだった。
「見つけたのが今日なら、使うのは日付をまたいでもいい?」
「まあ、そうだな」
 じゃあ頑張れよ、と言い残して、甚爾は部屋を出ていき、廊下の中程で姿が見えなくなった。その先にあるのは浴室だ。
 五条は手にした板チョコを齧りながら、目の前の山に手を伸ばした。
 甚爾の言う〝当たり〟がどこに仕込んであるのかは定かではないが、超能力者でもない限り、外装に傷一つ付けずに居ることは不可能だろう。五条は一つ一つ手に取って、より分けていく。
 山の半分を崩したところで、あからさまに不自然な凹凸が目に入った。
「あった……」
 どこにでも売っているような、紙とアルミで簡易包装された白い板チョコ。そのパッケージの裏側に、小さな正方形のパウチが二つ、テープで貼り付けられていた。
 念の為にと残りも全て確認してから、五条は軽やかに席を立った。〝当たり〟のチョコと、他に二枚ほどを手に持って。
「湯煎、湯煎っと」
 鼻歌混じりでキッチンに立ち、鍋に水を張り火にかける。ボウルに二色のチョコを割り入れて、引き出しからスプーンを取りだした。
 色艶も舌触りも知ったことか。熱くない温度で溶けさえすればそれでいい。
 甚爾は好きに〝使え〟と言ったのだ。そして、嫌だとは一言も言わなかった。