攻めフェのはなし

 折り入って相談が、なんてえらく真面目な顔をした悠仁が訪ねてきたのは、恵が単独任務に出掛けた五分後だった。
 寮の僕の部屋には基本的に僕しかいないし、訪ねてくる人も限られている。無断で入ってくるようなのは、深酒をした日の硝子と恵ともう一人――今日も当然のように居座っていた、甚爾くらいのものだ。その前提を加味すれば、悠仁の「相談」があまり人の耳に入れたくないものなのだろうと察しはつく。甚爾は僕の後ろからのそりと顔を出して「俺も外した方がいいか?」と気遣うような言葉を発した。
 悠仁は一瞬目を丸くして、それから少し悩んだ末に、むしろ居てもらった方が都合がいい、と言ったのだ。

「単刀直入に聞くんだけど」
 備え付けの冷蔵庫から甚爾が出したコーラを片手に、悠仁は口を開いた。
「フェラってどうすれば上手くなりますか」
 腹を切る覚悟を決めたみたいな表情から出てきた、あんまりにもあんまりな言葉に、今度は僕が目を丸くした。黒い布の内側で。
 言われてみれば、甚爾のちんこを舐めたことなんてなかった。入れたくて我慢が効かなくなって、そこを愛でる余裕がなかったと言った方が正しい。ゆっくり愛撫してあげたいと毎回思ってはいるものの、思っているだけで実現できた試しがない。
「――したことないからわかんない」
「えっ、ないの?」
 僕の答えに驚いた悠仁は、今度は甚爾に視線を向けて「マジで?」と問いかけた。
「コイツもしねぇし、今まで男にされたことねぇな。まぁ穴にしか用がなきゃそんなもんだろ」
「先生そんな感じなの……? 酷くない……?」
 あらぬ誤解を受けている――が、今それを弁明したところできっと信じて貰えない。僕の言葉は甚爾にはまっすぐ届かないし、僕も甚爾の言葉を真に受けるようなことはない。この誤解は後日別の方法で解くとして、今は悠仁の話が優先だ。
「悠仁って恵のちんこ舐めたい方なの?」
「舐めたいって言うか、解しながら舐めたらどうなるかって気にならん?」
 なるほど確かに一理ある。僕の手と口で弱い所を責められたら、甚爾はどのくらい乱れてくれるだろうか。もしくは本気で暴れて逃げ出したりするかもしれない。
 悠仁の話に相槌を打ちながら、僕の思考の半分くらいはまだ見ぬ甚爾の痴態に占拠されていく。
「でも伏黒どこがいいとかこうしてほしいとか全然言ってくれんし、どうしたもんかなって」
「恵も素直じゃないからなぁ」
 甚爾もそういうことをあまり口にしない。似た者親子だと言う感想は呑み込んで、僕は悠仁と共に頭を悩ませる。素直に口を割らせる方法なんて、あったら僕の方が知りたいくらいだ。
「同じモンがついてんだから、てめぇのイイとこから探ってきゃいいだろ」
 ろくでもないことを真剣に考えている、変な沈黙を破ったのは甚爾だった。
「アイツにされてんなら同じようにやってみりゃあいい。好きにやらせて触ったとこがそいつの弱点、って言うだろ」
 甚爾の言葉に悠仁は目を輝かせ、感嘆の声を上げた。その一方で僕は、自分の表情を取り繕うのに必死だった。
 甚爾は墓穴を掘ったのだ。
 息子のカレシが息子を追い詰めるためのアドバイスを、自分のカレシの前でするなんて、自覚がないにも程がある。
 甚爾が僕のを銜える時の癖。事後で意識がふわふわしている時によく触れてくる場所。言外に求めてくる所作も、僕は全部覚えている。それこそ体を重ねるようになったその日のことから今の今まで、全部をだ。

「ありがとう! 参考になった!」と元気よく出ていく悠仁を見送って、僕は改めて甚爾の方へと向き直る。
「甚爾」
 視界を覆う布を外して目を合わせれば、何かを察した甚爾は勢いよく立ち上がり「帰る」と言った。
 僕の横をすり抜けようとしたその身を捕まえて、少しだけ落とした声音で告げた。
「そうだね、場所変えよっか」
 甚爾が帰る場所なんて、僕のマンション以外にないのに。
 腕の中で強ばる身体を抱き上げて、僕は寮を後にした。