煤けた風が頬を撫で、何処かで何かが崩れる音が響く。足元の土は乾き、焼け焦げた草や葉でふわふわとしていて、踏み出す度に灰が舞い上がった。
(流石に全部燃えてるか……)
見渡す限りの建造物はもうその役割を果てしてはおらず、ただの炭へと変貌を遂げていた。強い風が吹けば倒れ、崩れ、落ちた塊は砕け散る。くすんだ色のついた空気のせいで視界は悪かったが、けれどもそれで不都合はない。見えていてもいなくても、この一帯には何もないという事実に変わりは無いのだ。
探しものが見つかる見込みはなさそうだ、と恵はひとつため息をつき、のんびりと足を踏み出す。誰もいない、誰にも邪魔されない状態で景色を眺める事なんて、今まで数えるほどすらもなかった。
物心着いた頃には親はなく、気がつけば一人だった。死なない程度に世話を焼いてくれる人間はいくらか居はしたが、恩という名の枷は重く、苦痛だった。いっそ放って死なせてくれと願う事すらあったように思う。
宿儺の贄について知ったのは、ちょうどそんな頃だった。毎年欠かさず孤児を差し出しているのだと、食料を分けに来た女性が話してくれた。外れの屋敷で身を清めさせ、その後で森深くの決められた場所に置いてくるのだと言う。置いてきた贄のその後については誰も知らない。帰ってきたものはおらず、遺体も発見されたことが無いと彼女は言っていた。それはきっと、誰もが彼らの生死に対して露ほども興味がなかったということもあるのだろう。
鬼神、化け物、呪いの王。宿儺の通り名はいくつもあった。人ならざるものして、只人に恐れられ続けるというのはどんな思いなのだろうと興味を持った。辺り一帯が焦土と化したのは、恵が望んであの牢に捕えられた数日後の出来事だった。
「随分と遠出をしてきたようだな」
夕刻をすぎて戻った恵に、宿儺は些か不機嫌をはらんだ声で言った。出入口からすぐ正面、普段ならば座るような場所でもない廊下に、わざわざ座して待っていたようだった。
「これがあるからいいかと思ったんだが……やっぱりダメだったか?」
恵は自分の首に巻かれた、細身の黒い布に触れ、言葉を返す。
その布はこの家に連れてこられてすぐに、宿儺に着けられたものだった。宿儺の呪力が編み込まれたそれは、呪力を辿って恵の位置を大まかに検知することができ、弱い呪霊ならば寄っても来ないと言われていた。
「好きに過ごせと言ったのは俺だ、別に咎めはせん。――咎めはせんが、あと半刻遅ければ迎えに行くところだった」
「そうか。じゃあ次からは行き先と帰りの予定を伝えておくことにする」
「そうしてくれ。俺のものだと知れば、余計な手を出してくる輩もいるだろうからな」
言って、宿儺は立ち上がる。三和土に立ち尽くしたままの恵の前へ足を進め、二対の腕を広げて見せた。
「さて、他に、言うことがあるだろう」
意地悪く口角を上げる宿儺に、恵は一瞬目をさまよわせ、たどたどしく口を開く。
「……た、ただいま」
「ああ、おかえり」
煤で汚れた草履を脱ぎ捨て、恵は宿儺の胸の中へ身を預ける。
「汚れているな。どこに行っていた?」
「全部見てたんじゃないのか」
「そこまで無粋な真似はせん。捜し物でもあったか」
「見つからなかった」
小さく首を振る恵を抱き上げ、宿儺は屋敷の奥――湯屋へと足を向けた。
「失せ物か?」
「いや、違う」
「では何を」
「糸を、探してた」
「……糸?」
「毛糸でも革でも、なんなら紐でもいい。アンタに似合う色のものが欲しかった」
言って、恵は気落ちしたように息を吐く。汚れた指先がそっと首元を辿るのが見えた。
「俺も、アンタに印をつけたい」
「――少し先に、小さな市がある。今度連れて行ってやろう」